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鹿児島地方裁判所 昭和30年(わ)37号 判決

被告人

浜島次男 外二名

弁護人

村田継男

検察官

鎌田亘

主文

被告人浜島次男同下満一典同浜田吉之助を各懲役五月に処する。

但し、被告人三名に対し、本裁判確定の日からいずれも二年間、右刑の執行をそれぞれ猶予する。

訴訟費用は全部被告人等の負担とする。

理由

第一  事実

(一)  国鉄労働組合の昭和二十九年年末闘争の経過

国鉄労働組合は、昭和二十九年十月十九日頃より国鉄当局に対し新賃金の要求と年末手当増額の要求を併せ提出して交渉を続け、要求貫徹を図つたけれども、同年十一月八日頃に至りこれ等要求を事実上拒否すると同一の回答に接したため、同月十日頃遂に交渉は決裂するに至つた。ここにおいて、これより先既に第一波、第二波の闘争指令を発していた同労働組合は、引続き第三波の闘争指令を発し、同年十一月二十五日よりは更に第四波闘争に突入することとなつた。而して第四波闘争は、中央闘争委員会の秘密指令第十号およびその実施要領を定めた国労戦第四号に基き、同年十一月二十五日、二十六日、二十七日の三日間三割休暇闘争を主軸としこれに超過勤務拒否、遵法闘争等の戦術を併せ採用したものである。

(二)  国鉄労働組合鹿児島地方本部における同年末第四波闘争の経過

前記第四波闘争の中央指令が同年十一月十五日頃到達するや、鹿児島地方本部は直ちに、戦術委員会を開き、右中央指令に基き、闘争実施個所を鹿児島車掌区とし、三割休暇に超過勤務拒否、遵法闘争を併せ行う旨ならびにこれに関し闘争指導部、第一乃至第四各行動隊および交渉団を編成する旨の第四波闘争実施要領を定め、同月十八、九日頃管下各支部にこれが伝達を完了した。而して右闘争指導部は委員長黒江竜これを総括し、被告人浜島ほか四名戦術指揮に当り、第一行動隊長は新盛辰雄、第二行動隊長は福間不二夫、第三行動隊長は被告人下満一典、第四行動隊長は門口与志雄としてそれぞれ任務の分担を定めた。なお、本闘争には機関車労働組合その他外部単産の応援参加を求めた。

(三)  同年末第四波闘争における被告人等の地位

当時被告人浜島は国鉄労働組合鹿児島地方本部執行副委員長、被告人下満は同本部執行委員兼情報宣伝部長、被告人浜田は全逓信従業員組合鹿児島東郵便局支部員で、いずれも本第四波闘争に参加したものであるが、前記(二)のとおり被告人浜島は闘争指導部戦術指揮者、被告人下満は第三行動隊長であり、被告人浜田は外部単産よりの応援参加者である。

(四)  犯罪事実

かくて前記第四波闘争実施要領に基き昭和二十九年十一月二十五日早朝より鹿児島車掌区における闘争に移行したが、国鉄労組、機関車労組員のほか外部単産の応援を得て約百二、三十名が闘争に参加し、闘争指導部は鹿児島車掌区前に位置して戦術総指揮に当り、第一乃至第四の各行動隊はそれぞれ所定の位置において所定の任務についた。即ち、

第一行動隊は主として車掌区事務室前にピケを張り、当日入出区者の確認をなし、休暇割職員の出勤を阻止し、当局その他のスト破りを阻止し併せて外部単産の支援を指揮しピケの行動に参加させ、

第二行動隊は第一行動隊の隣接位置に集結し、列車発車の際は列車の出発地に移動し、運行停止の列車に代替要員を乗務させることを拒否すると同時に休暇実施による運行停止列車の運行停止を確認し、

第三行動隊は原則としての定位置は第一行動隊の隣接地区とし、当局のスト破り行為又は不当労働行為を阻止する、従つて絶えず監視員を出し必要ある場合全員出動のうえ任務を完うする、

第四行動隊は当日の割当休暇の組合員を当局の業務命令が届かないよう一定場所に集合せしめ或は他へ移動し勤務に就かないよう説明指導する、

ものである。

その間前記のとおり被告人浜島は闘争指導部戦術指揮者、被告人下満は第三行動隊長、被告人浜田は応援隊員としてそれぞれ活躍した。

これがため各列車に車掌の乗務困難となり、鹿児島本線貨物列車第九六二列車のほか数列車がいずれも運行休止の己むなきに至つた。

ここにおいて鹿児島鉄道管理局当局は本件鹿児島本線第一六四貨物列車の鹿児島駅における車掌の乗車を避け、ひそかに車掌米初次郎同日高実および管理局員数名をして午後二時四十分鹿児島駅より自動車にて日豊本線竜ケ水駅に向け出発せしめ、同人等は同駅において同本線下り第五五一貨物列車の緩急車ワフ二二六九六に乗込み、同駅より鹿児島駅に到り、同駅中二番線において第一六四貨物列車の最後部に連結されて組成され、同列車は午後三時四十四分頃北二番線に引直され発車線に着いた。

然るに間もなく附近にあつたピケ組合員が、右貨物列車の緩急車内に車掌の乗務し居るを発見するや、緩急車の左右から「開けろ」「降りろ」と口口に叫んでいるうち、緩急車内から不図緩急車前方左側窓を開いた際、線路上に在つた被告人下満はとつさに手をその下部隙間に差込み図師益雄も亦右緩急車外側の鉄板を伝つてデツキから被告人下満の傍に来り足を窓から車内に入れた。

右様の態勢のまま午後三時五十九分三十秒同列車は一旦発車したところ、前記緩急車の前部に連結してあつた緩急車ヨ三八七三の車掌弁が何者かに引かれたため約十米進行して列車は急停車したが、その間図師益雄は遂に窓を押開いて車内に進入し被告人下満もこれに続き、ここに両名は恰も同時刻頃該車輛のデツキに通ずる扉の硝子が割れて図師においてそのラツチを外しよつてデツキから車内に進入し来つた新盛辰雄、大石広茂等数名と互に意思連絡のうえ車掌米初次郎の身体を押し或は引張る等してデツキより車外に出し、間もなく現場に来投した被告人浜島も亦同人等と互に意思連絡のうえ米の左腕を捉えその身体を抑止して乗車を阻止し、同列車が更に同日午後四時三分頃発車した際被告人浜田は他一名と互に意思連絡のうえ米が前記緩急車後部端梁に乗車せんとしているのをその右足をつかんで引落し、結局同貨物列車を運転休止の己むなきに至らしめ、以つてそれぞれ米車掌の公務の執行を妨害したものである。

第二  証拠(略)

第三  弁護人の主張に対する判断

弁護人等は、米初次郎は法的に任命された車掌ではないから車掌ではないし、当日の乗務勤務は適法に指定されたものではない。当日の同人の行動は規定に違反しているから被告人等には米が車掌であるとの認識がない。従つて被告人等の行為につき犯罪の認識がない。また車掌の業務は公務ではない旨主張するが、前掲証人八木建二の当公廷における供述、昭和二十五年七月三十一日国鉄総裁達第四〇三号鉄道管理局長事務処理規程、昭和二十八年十一月三十日付国鉄副総裁より各鉄道管理局長宛「緊急事態に対する列車運転の確保について」と題する依命通達、前掲証人米初次郎の当公廷における供述、証第四号、第六号(運転考査関係書類)によれば、米初次郎は正規の手続を経て車掌に任命され勤務指定を受けたものであることが明かで、本件当日は車掌正規の服装をなし、所定の位置に在つて車掌の勤務に服していたことが認められる。然りとすれば一般人の見解において一応適法な職務執行行為ありとせらるべく、これに対する暴行は公務執行妨害となるものであり、仮りに被告人等において米は車掌に非ずと誤信したとしても公務執行妨害罪の犯意を阻却するものではない。また米は鹿児島鉄道管理局員兼車掌として常時国鉄に勤務のもので、日本国有鉄道法第二十六条第一項にいう日本国有鉄道の職員であり、日本国有鉄道の職員は法令により公務に従事する者とみなされることは同法第三十四条第一項の規定に照し明かであるから、同人が車掌としてなす業務は刑法第九十五条の規定する公務に該当することは明瞭である。

次に小林弁護人は被告人等は労働基準法所定の休暇請求権を行使し且つ安全規定に基いて運転の保安を守る行為をしたもので正当な組合活動をしたに過ぎない。これは刑法第三十五条に該当する。また仮りに逸脱があつても刑法第三十六条、第三十七条が適用されるべきものである旨主張するが、公共企業体等労働関係法は職員およびその組合は業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができないと定めておるのであるし、またもとより暴力の行使を許すものではない。然るに被告人等は判示認定のとおり公務執行に際し暴行を加えたものであつて、正当な行為たり得ず違法性を阻却されるものではないし、刑法第三十六条、第三十七条の要件を亦充してはいない。

結局弁護人等の主張は到底採用するに由なきものである。

第四  法律の適用

法律に照せば、被告人等の所為はいずれも刑法第九十五条第一項第六十条に該当するので、懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内において被告人三名を各懲役五月に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、刑法第二十五条第一項を適用していずれも二年間右刑の執行を猶予すべく、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文によりその全部を被告人等に負担せしめることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 古木一夫)

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